靖国神社に行ってきました - DirectX.tv Doppelheit

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奥さんと2人で今日は靖国神社に行ってきました。たまたま奥さんがネットで中国の方が靖国神社に行ったという記事を見て興味を持ったのと、僕も2度ほど行ってはいるけれどちゃんと参拝もしていないし、併設されている資料館(遊就館)も行ったことが無かったので、連休と言う事も重なって出発。

場所は総武線市ヶ谷駅から靖国通りをまっすぐ徒歩10分くらい。蒸し暑い中歩いていくと土塀が左手に見え、急に涼しくなります。木々が多いからでしょうか、神社とかお寺とかは夏涼しいですよね。ここら辺は以前勤めていた会社の近所なので、道には迷いません。

入り口に向かって歩いていくと、「みたままつり開催」の文字が。年に一度「みたままつり」といってお祭りをやっているそうで、以前に一度開催中に来たことがあるのですが、図らずとも祭りの真っ最中の参拝となりました。参道に出ると黄色のちょうちんが沢山、旧日本軍の同窓会だったり、遺族会だったり、靖国に参拝する国会議員の会なんてのもありました。以前は一番先頭のいい場所には「元総理大臣橋本龍太郎」の名前が輝いていたのですが、既に鬼籍に入られたので今年はありませんでした。


「みたままつり」会場

まだ昼間だったこともあり、それほど人は居ませんでした。中高生がちらほらと見受けられましたが、ここが何を祭っている場所なのか知ってるのかな?なんて考えてました。そんな事考えていると、雨がぽつぽつ降り出して来たので、あわてて折り畳み傘を出します。


「参道の門扉」

菊の御紋です、ディスイズ靖国


「参道から見た拝殿」

丁度拝殿の手前でお祭りのイベントの一つとして色々な人が靖国を題材に書いた灯篭が飾ってありました。一番手前に飾って会ったのは「小林よしのり」、おぼっちゃまくんが何か言っている灯篭でしたが興味ないのでパス(笑)
そのまま拝殿へ参拝を済ませます。

雨が酷くなってきたので周りを見渡すと「個人参拝受付」と書いてありました。奥さんとなんだろうね?と話していたら人のよさそうな宮司さんが居たので、「飛び込みで参拝ってできるんですか?具体的に何ができるんですか?」と質問したところ、本殿への参拝がどなたでもできます、との事だったので早速受け付けで記入。自分の名前や住所、戦没者がいる場合はその名前を書いて、玉ぐし料と一緒に提出。奥さんのおじいさんはサイパン島に向かう途中で戦死したらしい、との事だったのでおじいさんの名前を書いて、2人で2000円を玉ぐし料として提出。隣の家族は4人で1万円出してた、まぁ気持ちですから(苦笑)
ものすごい綺麗でだだっ広い待合室で待つこと15分、宮司さんに連れられて奥へ。その頃には降り出した雨が本格的になっていて土砂降り&雷ゴロゴロ。手を清めた後、本殿の手前でお払いをしてもらい、そのまま本殿へ。本殿へ通されると鏡があり、大根とかのお供え物が。奥さんは後で「本殿がちゃちかった」と言っていたけど、僕にしてみれば神道だから華美じゃないよね、シンプルでいいね、位にしか思わなかった。そのまま参拝。帰り際にお神酒をもらって参拝終了。参拝自体はとてもシンプルな神道形式(あたりまえか)で、右翼的要素は一切無し。
で参拝を済ませてもらえるのが、下の写真のお菓子(羊羹)とお札。シンプル イズ グッド。


「お菓子とお札」

と、ここまでは普通の神社への参拝。ここからが今日のメインイベント、遊就館の見学!!!


「入り口にいきなりあるゼロ戦」

フロントロビーにあるのがいきなりゼロ戦。この後ろに機関車もありました(奥さんが言うに、見る人が見れば「ああ、あれか」というような機関車だそうで。でも普通の機関車だった(苦笑))

入場券を購入してそのまま二階へ、ここから館内撮影禁止なので写真がありません。
まず二階でやっていたのが明治天皇と日露戦争を題材にした映画、長そうなのでちょっとだけ見てスルー。なぜ日露戦争をやらなければならなかったのか、その結果日露双方、それから中国、朝鮮半島にどういった被害があったかをちゃんと語らなければ茶番だよね、と奥さんに話しつつ展示室へ。

展示室は日本の鎧や日本刀を古代から江戸時代にかけて見せる部屋から始まり、江戸末期の尊皇攘夷、大政奉還、明治維新へと進みます。西南戦争など一部屋で良くまとまっていて、資料としても価値があるものが多かったです。日本近代化の歴史をコンパクトに感じるのにはもってこいでした。

で、ここから日本が日清、日露の戦争に入っていく過程が語られ軍事色が強くなっていきます。思いのほか、ロシアに対する脅威論からの中国の扱いが大きく、逆に朝鮮半島の扱いが小さかったのが印象的でした。ここら辺までは、歴史資料として客観的に見られたのですが、、、

ルーズベルト、ハルノート、といった展示が始まってからイキナリの被害者意識暴走。「大東亜戦争はルーズベルトにはめられた」「アメリカによる禁輸政策により、しかたなく開戦」といった視点で物が語られていて、「そもそも日本は悪くないのかい?」という問に対する答えは一切無し。その後は敗戦に向かう日本軍の姿が、めちゃくちゃ美化されて語られています。逆の視点は無いかね?と色々見て回るも、完全に被害者意識丸出しなので、奥さんは見ていて毒気にあてられたみたいでした。
青年兵の遺書や、サハリンで集団自決した女性の話など、本来であれば真摯に受け止めてしかるべき内容が「我々はアメリカ(ルーズベルト)の策略にはまった」というスタンスで書かれているので、全て台無し。そもそも日本が開戦しなければならなかった状況で、軍部が甘い判断で真珠湾攻撃を敢行(その点については展示では一切語られていない)、その結果引くに引けないまま消耗戦を繰り返し、莫大な犠牲を払った上で、広島、長崎への原爆投下、そして玉音放送。資料としては良いものが揃っているのに、中立たらんという気持ちが無いがために展示全体を茶番にしていました。戦没者遺族の方々のための施設だという事は分かりますが、それだけに終始してしまっていて、「結局日本が被害者です」という締めには納得がいきませんでした。
展示は吉田首相のサンフランシスコ条約の調印で終わっており、そこから先の話は一切書かれていません。第二次大戦を語るには、その後の60年を語らなければ意味はないとおもうのですが、やはりあの場所は終戦直後から時間が止まっているのでしょうか。

僕は第二次大戦前の日本の拡大路線は「世界の列強が植民地政策を取っているなか、やむなし」という考えですが、正直第二次大戦は否定します。どう考えても消耗戦にならざるを得ない状況での軍部主導による開戦、当時いた一部の良識派の戦争否定を弾圧、そのまま闇の時代へと突入。これは日本の歴史の中でも最も忌むべき問題だと思っています。その忌むべき歴史の責任を他者に押し付けて、自慰行為的に被害者意識丸出しでいても、それは滑稽でしかありません。戦後の日教組の教育による自虐史観を持てとまでは言いませんが、なぜ第二次大戦が起こったのか、それによって何を失ったのかを自分の位置から見られるようにならなければ、日本に未来はないでしょう。

改めて、当時の日本と今の北朝鮮を重ねて見てしまいました。

それからまとめとして、これからの靖国問題について。
靖国神社にA級戦犯が祭られていること自体は、僕は何も悪くないと思います。神道では人は死ぬことで全ての人が御霊となり、神として祭られるべき存在となります。その御霊には善も悪もありません。合祀、分祀問題について、いつも言っている自分の意見に簡単に触れると、御霊はろうそくの炎と比較され、一本一本の小さな炎が合祀によって「靖国」という大きなろうそくに火が移されます。一旦移された炎は、たとえ分祀したとしても「靖国」という大きな炎の「のれんわけ」にしかならず、「A級戦犯だけを分祀する」という事は宗教上不可能です。そう言った事を靖国神社は淡々と説明すれば良い訳で、諸外国(と言っても特定アジアだけですが)の妄言によって持論を翻す必要は無いわけです。
ですが遊就館は別です。あの資料館があることで靖国神社は自己矛盾をしています。「神道という日本古来の宗教を持って、日本の戦没者を英霊として祭っているだけだ」と言っていても、その同じ敷地内で「英霊は勇軍の士、アメリカの策略によって無残にも散った命」という風に第二次大戦を美化している。僕は宗教施設としての靖国神社を指示する立場から、あえて遊就館の敷地外への移設、遊就館との思想・資金的関係の根絶を訴えたい。

正直、あれじゃ韓国・中国に「靖国は日本の右傾化のメッカではない」と強く言えませんって。

靖国の 正体見たり 枯れ尾花

 
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