終戦記念日 - DirectX.tv Doppelheit

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日付が変わって8月15日になりました。

今年の8月15日はいつにもまして真摯な気持ちで過ごしたいと思います。

やはり先日の靖国参拝や、それにまつわる諸問題を改めて勉強しなおしたせいだと思うのですが、日本が60年ちかく背負ってきたものの大きさをかみ締めた上で、未来について考える良い機会をこの8月15日という日は私たち日本人に与えてくれているのだと思います。

今日、小泉さんは公約通り「8月15日に靖国参拝」を果たすという事が伝えられています。正直小泉さんは総理になる前に公式・非公式含めて靖国に参拝したことは無いそうなので、靖国を政治に利用している感は強いのですが、今まで中国・韓国から言われてきている事、その内政干渉について「強い総理」をアピールするにはもって来いの題材だったのでしょう。理由が浅ましいとは思いますが、そこまで言うならしっかりと参拝をして欲しい。そして「個人の問題でしょう」とか変な理屈を言わないで「これは日本の問題、これ以上言えば内政干渉だぞ」と前置きした上で、しっかりと説明をして欲しい、と思います。

昨日ケーブルテレビで東京裁判のドキュメンタリー映画をやっていました。4時間にわたる長編、そのほとんどが当時の東京裁判の映像を使っているため、大変見ごたえがありました。今回、中国・韓国が問題にしている「A級戦犯」、「平和に対する罪」によって裁かれた人々の事を指しますが、この「平和に対する罪」というのは東京裁判を開くにあたって作られた事後法です。それまでの国際法では戦争を起した人間を裁く法律が無かった、それでは敗戦国日本に責任を取らすことができないとして「平和に対する罪」を準備し、それに法ってA級戦犯は裁かれました。今現在、事後法によって裁く事は法通念上禁止されていますが、既に終わってしまった東京裁判について「A級戦犯は全て無罪だ」と言うつもりはありません。やはりあの人々に戦争責任はあると思いますし、「平和に対する罪」というものが事後法だろうが何だろうが敗戦国として何かのケジメをつけなければならず、その方法が東京裁判とA級戦犯だった訳です。

そのA級戦犯が戦死でないにもかかわらず靖国に合祀されている、そもそも靖国は戦没者慰霊の為に存在するのであって、戦没者・戦死者でないA級戦犯がなぜ合祀されるのか。それを語るにはB級・C級戦犯として裁かれ亡くなった人々、その遺族、そして遺族年金というキーワードを語る必要があり、それについては詳しいサイトや書籍があるのでここでは深く触れません。そういった「戦犯合祀」という背景がありますが、A級戦犯が合祀されているから靖国に参拝することは戦争責任者を崇め奉る事だという事にはなりません。しかし中国や韓国は、日本がちゃんとした説明をしないことをいいことに、難癖をつけてきている。そもそも中国も韓国もA級戦犯が合祀された後、しばらく何も言って来なかった。日本の反日マスコミである朝日新聞が大キャンペーンを打ったために、それに同調する形で難癖を付け出したにすぎない。なぜそういった事を日本の今のマスコミは国民に伝えないのか?くさいものにはフタをし、その奇妙な点に気づいた人間は「右翼」「軍国主義者」「好戦主義者」というレッテルを貼り意見を弾圧するか、無視をする。いったいいつから日本のマスコミは中国・韓国の国営メディアに成り下がったのか?

今日8月15日は韓国・北朝鮮では「勝戦記念日」です。日本と戦った訳でもない半島が何故「勝戦国」なのか?あの時半島は日本でした。もちろん半島を併合したのは半島の人々のためではありません。日本のため、日本人のためです。ですから「半島を近代化してやったのは日本人だ、だからありがたがれ」などと言うつもりはありません。日本の軍国主義によって翻弄され利用された半島の人々、その歴史は確かに悲惨なものだったかもしれません。ですが、事実だけを見れば彼らは「勝戦国」では無いのです。GHQによって「勝戦国」でも「敗戦国」でもない第3の国(「第三国」)としてカテゴライズされた国です。その第三国が未だに「勝戦国」を名乗り「勝戦記念日」を祝っている。それは日本として非難しても良いのではないか?でも日本はそんなことはしない、それは内政干渉であり日本の問題ではないと分かっているから。いいかげん半島には目を覚まして欲しい、これが率直な意見です。

今の日本には何故日本は戦争をしなければならなかったのか、何故負ける戦争を始めたのか、誰に責任があるのか、など戦後60年の歴史を語る上で大切な事から目をそむけ続けている。そろそろちゃんと真っ直ぐ見つめる準備をしなければ、いつまでも中国・韓国に戦争責任を理由に難癖をつけられ続けるでしょう。

今年の8月15日は、極東アジアの今後を決める分岐点になるかもしれません。そういった事を考える前に、まず第二次大戦で無くなった人々、我々日本人の祖先に対して黙祷したいと思います。

 
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コメント(2)

理路整然としてとても良い文章だと思いました。
感服いたしました。
「勉強してるなぁ。これくらい勉強すると右も左もないと思うんだよなぁ」
と思いましたが、日本の教育がこのレベルに足っしていないことを残念に思うところだよね。

僕の会ったことのない僕の(医者で従軍し戦死した母方の)おじいちゃんに黙祷したいと思います。

と思う文書でした。どうもありがとう。

純粋に日本人であることをサッカー以外できちんと説明してもらえた気持ちで、読んでいてとても嬉しくなりました。ありがとう。

私は日本人であることに誇りを持って生きて行きたいと常々思っています。一つの国が成り立つにあたって、いろいろな歴史を踏まえたうえで現在があることは周知の事実です。
日本は60年前に国土をぼろぼろにしながら戦い、そして敗れました。日本の国土と非戦闘員に対して直接的な打撃を与えたのはアメリカを中心とする兵力で、敗戦国である我々はそのことに対してアメリカを非難することは出来ない。
だからといって、戦闘員であった、元はといえばほとんどが一般国民であった方々の死を、追悼してはならないと言うことには決してならないと強く考えます。

正義はどの時代にも決して一つではなく、たくさんの主義主張と時代の流れの上にあります。A級戦犯問題を私はあなたほど勉強していない、ただの一般人ですが、結果論としてA級戦犯とされた人々の中にも正義はあったと、私は信じています。こういう書き方をすると、その時の政治とトップを信じてお亡くなりになった戦闘員、非戦闘員およびご遺族の方々の思いには反するのかもしれませんが。

歴史とはそういうものの積み重ねだし、この積み重ねはどんな国にも存在する、振り返るのがちょっと辛いこと、です。
それを、そんな思いの積み重ねの上に生きている我々以外の人々からとやかく言われたくない。
 
特に小泉さんになってから、この思いが強くなりました。
自分が正しいと思えることを、いくら他人からとやかく言われたとしても貫き通せたとしたら、それは誰がどう言おうと正義なのだろうと思います。

思いつくままについつい書いてしまいました。
意味不明ですがごめんなさい。
こんな思いを持つ自分が異端児であったとしても、きっと思いは変わらない。だからといって右寄りにも左寄りにも自分の身を置こうとは思わないけれど。

歴史認識の薄い一般人のたわごとでした。


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